昔からよく聞く 虫封じについて

昔から日本には夜泣きする子や癇癪をおこす子を見ると「むしが出た」とか「疳の虫」「虫封じしなければ」とか言いました。
一説によると昔は衛生状態の関係からお腹の中に寄生虫が湧く子共が多く、実際に寄生虫は肉眼でも見えるものなので、それが原因で言葉の発せない乳幼児が泣きわめくとその寄生虫が原因なのではないか、と大人たちは思いそういった言い回しをするようになったのではないかと言われています。
その対処策は宗教的なものに頼ったものが多かったそうで、祈祷、お祓い、または家で塩で手を洗う、墨で文字を書くなどのお呪い的まものまであったそうです。今でも神社によっては受け付けている所もあるみたいです。
もう一つは僕も夜泣きのある子だったので経験があるのですが。「樋屋奇応丸」という丸薬を飲ませるものです。関東のほうでは「宇津救命丸」らしいです。
これはいわゆる万能薬として江戸時代からあった物で、成分はジャコウ、五黄、朝鮮人参、などの生薬で江戸時代はこういった生薬の原料は輸入していた為に高価で庶民には手の出せない物でしたが、子供の飲む分量くらいなら何とか・・という事情で広まったそうです。ですから歴史は古く、380年間使われている事になります。。病気平癒ガン封じ祈祷と水子供養の寺「せんき薬師 西福院」

私の「疳の虫」を封じた植物

私は子供の頃所謂「疳の虫」の強い子供だったそうです。私自身はよく覚えていないのですがとにかくちょっとでも気に入らないことがあると場所を選ばすうわーーーっと大暴れして家族、特に母親を大変困らせていたらしいです。(ホント、私時自身はあまり覚えていないのですが・・・)
3歳の時に遠方の父の叔母宅を訪ねたときにもかなり大きな疳の虫を発動させたようで、その様子をみた叔母が「疳の虫を封じるにはこれが効く」と、庭先にあったユキノシタという植物をすりつぶした汁をガーゼに浸したモノを私の口に押し込みました。すると、なんと私の疳の虫(暴れ)がぴたっと収まったそうです。そして帰宅時にそのユキノシタを株分けされて我が家の庭にもユキノシタが根付きました。その後私が疳の虫を発動させると有無を言わさず母が叔母と同様の方法をとること1年、あれほど家族と母を悩ませた私の疳の虫はすっかりなりをひそめることとなったそうです。今でも我が家の庭にはユキノシタがしっかり植わっております。たまに母がユキノシタで天ぷらを作ってくれますが、ほろ苦くてけっこうイケますよ。